「売れ損ない」第10話(最終回)

「お姉さまぁ〜!大変です大変ですぅ!あの聖少女科学隊リスキー☆ネイルがDVD&ブルーレイボックスになるんですってぇぇ〜〜〜!!」



コンビニの店内に素っ頓狂なアニメ声が響きわたる。

声の主は、このギャルアクションアニメの佳作「聖少女科学隊リスキー☆ネイル」で15年前にデビューし、今は声優界の名脇役として中堅層に腰を据える沢口折江である。いわゆるダメ絶対音感の持ち主に言わせれば、15年前・15才の頃と比べると幾ばくか声が低くなっているらしいが、少なくともカタギの人間には衰えが分からぬ程度には頑張っている。

そのリスキー☆ネイルなるアニメで15年前、主人公を演じた声優・蒼山芽衣こと亜矢子は、このコンビニのレジカウンターで惚けた様につっ立っていた。バイト中であるというのに心ここにあらずといった風情であった。





あの日の亜矢子の凶行の後、現場は観客の怒号と顔面の真ん中を陥没させた弘子の呻きで騒然となり、イベントはそのまま中止に追い込まれた。そればかりか、この騒動で「リスキー☆ネイル」というコンテンツ自体にミソがつき、秘密裏に計画されていた続編の制作も白紙になったという。
後日事務所に入ってきた抗議も、損害賠償請求や亜矢子への処分要求などを含む、それなりに苛烈な物であった。




これに対しボルケーノは「蒼山はイベントの時点で心神喪失の状態にあり責任能力を問える状況になく、またイベントは事務所管理下の仕事で無かった為、我々も管理責任を負う必要がない」という屁理屈で賠償責任を逃れようという構えであった。


対応に当たったデスクの佐田は「蒼山は近年、人間関係に悩んで鬱病を発症していた処に更に更年期障害を患い、日頃の挙動や情緒が非常に不安定となっておりました。今後、蒼山の声優人生はより過酷な物となると思われますが、事務所共々一丸となり、病魔と闘ってゆく所存でございます」とウソにウソを盛りたくったリリースを各社に流した。


つまり、賠償金をきっちり払って亜矢子を解雇するよりも、亜矢子をキチガイに仕立てて「これから更正させますので賠償だきゃご勘弁を」というスタンスでいた方が、金も手間も少なくて済むという道理である。こんな事でやり過ごせる事態であるとはとても思えないが、とにかくそんな訳で亜矢子こと蒼山芽衣は事務所をクビになる事無く、今も尚売れ損ない続けている。


弘子のケガに関しては交渉相手が弘子個人である為、懇意のヤクザ紛いの弁護士に対応を任せ、有無を言わせず二束三文の補償で収める算段であった。恐らくは数日中に滞り無く片付くだろう。ゴタゴタ抜かすようなら安い中国人に小金を渡し、しょーもないダンナ共々然るべき処置をするだけの事だ。


「死なねーかな、どいつもこいつも。」


佐田は残務処理の完了見込みを一通り立てた処でボソッとひとりごちた。ボルケーノが事務所を構える小汚いワンルームマンションでは当時社員4人ほどが仕事をしていたが、誰も彼をとがめる事をしなかった。





イベント終了後、ネットの匿名掲示板には現場に居た客によって「声優イベントで出演者同士が大喧嘩」「懐かしのアニメイベントで懐かし声優がファビョる」などといったスレッドが幾つか立てられた。が、いずれのスレッドも大きな伸びを見せる事は無く、こと当事者である蒼山芽衣・棚橋弘子の両名に至っては、殆どの投稿者から「誰?」などと心無いレスをされる始末であった。


亜矢子があれ程すがり、心の支えとして来たリスキー☆ネイルも、所詮は一昔前にプチブレイクした時代の徒花‥すなわち一発屋であり、今となっては作品その物にも出演者にも、更にはソイツらが起こしたスキャンダルにもさしたる求心力は無かったのである。






さて、シンデレラガールになり損ない、下層階級から今またさらに下の奈落に突き落とされたこの中年女の人生は、これからどうなっていくのであろうか。


今後ほとぼりが醒めた段階で、至極適当な理由を付けられて事務所から解雇される事は間違いない。かと言って他の事務所に移籍出来る程の商品価値も彼女にはない。ならば、就職活動でもしてみるか。花嫁修業でもしてみるか。38才からのリスタートに一気呵成をかけてみようか。




否だ。




一度転落したらば二度と這い上がれない現代の日本に於いて、彼女がスターティングオーバー出来る道理など微塵もない。ましてや声優などという浮草仕事からドロップアウトした人間など、社会でどの様な使いでがあるものか。


税金も年金も保険料もろくに払っていない彼女の社会生活は、いずれ遠からぬ未来に必ず破綻し、今居る賃貸アパートも追い出される日が来るだろう。そして今度は「野垂れ死に」という最終フェイズに向けての歩みを、緩やかに、しかしながら確実に始める事となるのだろう。


だからと言って、亜矢子に今更それをどうにかしようという気は更々なかった。だって、声優として身を立てようとした15年前から今日に至るまで、何をどう頑張っても、何も自分の思う様にはいかなかったではないか。ならばいっそこのままダラダラ生きて、誰の役にも立たぬまま、誰にも必要とされぬまま、ダラダラ死のう。それが今まで無用の苦労をしてきた自分への、せめてものご褒美だ。







バックルームから店長が出て来た。最近結婚した13才年上のババア妻と前日セックス三昧であったのか、寝ぼけ眼&寝癖頭であった。



「さっきの店内アナウンス、何だよ?
俺ああいうアニメ声って苦手なんだよなぁ。耳痛くなんだよ、キンキンしててさぁ。」


「‥‥‥私もですよ。」



亜矢子はか細い声でそう応え、少し笑った。


(了)


07/11 13:18

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