「売れ損ない」第9話

「お疲れ様です。おはようございます。佐藤事務所所属の沢口折江です。こたびのイベントでは発起人として、企画並びに進行役を務めさせて頂いております。

このリスキー☆ネイルは私にとって声優としての生まれ故郷であり、今なお私にたくさんの勇気と希望と自信をくれる作品です。今回この様なイベントを、お世話になっております佐藤事務所と当時の制作スタッフのみなさま、そして何より主演されていた蒼山芽衣先輩のお力添えにより行える事を嬉しく思います。

今日は当時を知るファンの皆さんと蒼山先輩とスタッフ、そして今日おいで下さっているゲストの方と心地良い空間を共有していきたいです。」




佐藤事務所主導によるリスキー☆ネイルイベントは、開催決定から5ヶ月と7日を経た某日、遂に本番を迎える事となった。




元より15年前のアニメのメモリアルイベントなど、ビジネス目線から見れば大きなリターンが見込める物ではない。にも関わらず、佐藤事務所のスタッフも多忙であろう折江も出来うる限り企画会議に参加し、こんにちに至る迄意欲的に制作を進めてきた。「細い仕事」だとすぐに手を抜くボルケーノのスタッフ達とは、仕事にかける情熱もその精度も段違いである。亜矢子も今の処一人のタレントとして、相応の扱いをして貰えている。


が、全く引っ掛かりが無い訳ではない。


亜矢子も何度かこのイベントの企画会議に出席しているが、ほかのスタッフや折江には伝達されている事が亜矢子にだけ伝わっていない、という事が多々あった。只の伝達ミスではなく、亜矢子のあずかり知らない処で何らかのプランが進行している事は間違いのだが、妙な詮索をしては仲間外れにされるのではと卑屈に考えてしまい、結局イベントの全容を把握できぬままこの日を迎えてしまった。





その「何らかのプラン」の内容は、本番の開場1時間前に明らかになった。出演者・演者全員で最後のミーティングを行っている処に「シークレットゲスト、入られます」と声が掛かったのである。


亜矢子が振り返った視線の先に居たのは‥‥‥



橋口早紀と

棚橋弘子と

監督の中島。



つまり、一度は亜矢子からのオファーを蹴った者達であった。


三人は入り口から、ミーティングの人だかりに歩み寄って行く。弘子は亜矢子の傍らを通り過ぎる際、気まずげに無言で会釈をした。早紀はこのイベントの原案者が亜矢子である事を知ってか知らずか、目も合わせて来ない。中島に至っては亜矢子を見るなり「あれ、まだ続けてたんだ」と明らかに侮蔑混じりの半笑いを向けてくる始末であった。




それまでイベントの成功に向けて熱心にミーティングをしていたスタッフ達は突如散り散りになり3人を取り囲み始めた。ある者はイスを出し、ある者はお茶を用意し、ある者は「最近どうですか?」などとどうでもいいご機嫌伺いを始める。まるで亜矢子など、もうここには居なくなったかの様に。


そう。


折江は、アイドル声優としての求心力が低い自分と、声優としてのステータスがゼロに近い蒼山こと亜矢子の二人では集客がままならない事に初めから気付いていて、リスキー☆ネイル3人&監督の揃い踏みを画策していたのだ。しかし亜矢子とて分別のある業界人の大人だ。それ位の事は分かる。予め知らせておいてくれれば心の準備も出来たものを。



「あの‥‥‥オリエちゃん」

「‥‥‥3人から要望があったんです。
蒼山さんには当日まで知らせないでくれって。」

「えっ!?何で」

「あー、あのー‥‥‥





余り一緒に居過ぎると負け癖が移るからだと。」


折江は、いつか見たマイク前で喋る時の顔と全く同じ、感情の読み取れない表情で、それでいて情感たっぷりにそう言った。


※※※※※※※※※※※※※※※※


かくしてイベントの幕は開いた。

が、今尚第一線で活躍する折江に早紀、現在は役者業を引退し表舞台に姿を現す事自体がプレミアになっている弘子達に、亜矢子は開演早々主演女優の尊厳も何もなく、「脇役」としてステージの隅に追いやられた。亜矢子は胃の底から急激に冷たいものが湧き上がってくるのを感じながら、ただただ俯くのみであった。




満場の客は100人ばかり、15年前のアニメのイベントとあってか、平均年齢は高めの様である。

つまりコイツらはこの15年もの間大人になる事なく、アニメなる不毛な道楽にうつつを抜かし、中学生だった子役声優を三十路に手が届こうかという年齢になる迄追い回し、今なおその「オタク」という醜悪な生き様に疑問を持つ事無く、世に汚濁を垂れ流し続けているのである。


かたやステージの上はどうか。


「実力派声優」の肩書きをいびつに発達したコミュニケーション能力と枕営業で勝ち取った橋口早紀。かつての精気はもはやなく、四十路そこそこにして世の最底辺で細々と食いつないでいく人生が確定している棚橋弘子。髪を金髪に染めあげ、深い皺を下手な厚化粧で塗りつぶし、スカジャンに薄手のデニムパンツという年齢を考えれば滑稽にも程がある装いで、斜に構えながら客席を見渡す中島。

そう思い立った次の瞬間、フッという静かな音ともに亜矢子の中で何かが弾けた。何だ、どいつもこいつも醜悪でゲスな大人ばかりじゃないか。





「さて、それではここで蒼山さんに一言頂きたいと思います。」


折江が亜矢子にマイクを手渡した。「どうせ今日ほとんど喋ってないしね」と中島が嫌みな茶々を入れる。亜矢子は黙ってマイクを受け取り、話し始めた。


「お前ら気持ち悪い。」


亜矢子の第一声は、まるで声優とは思えない、消え入りそうなか細い声であった。舞台上3人の顔色が変わり、満場の客達は呆気に取られて事の成り行きを見守っている。


「大体さ、ここに来てる奴等ん中に、このキモいギャルアニメが終わった後、アタシを応援してたヤツがどれくらい居る?居たとして、ソイツらはアタシを応援する為にCD何枚買った?ビデオ幾つ買った?制作会社や事務所に手紙やら贈りモンやらよこしてきたか?


やってねぇだろう?そういう事。


応援てのはさ、言葉じゃない。金だ。アタシ達はどれだけあんた達に貢がす事が出来るかが全てだ。それが商品価値、アタシらのハクになるんだ。それを金も落とさねぇで、何が応援してますだ、頑張って下さいだ。また芽衣ちゃんの声をアニメで聴きたいですだ。お前等が貢いで来ねえからアタシはちっぽけな事務所にとっ捕まって、みじめにレジ打ちなんかやる羽目になったんだろうが。


アタシは努力した。


リスネの成功はアタシの功績だ。お前等の貢献なんてチャチなもんだ。アタシの才能がリスネをここまで押し上げたんだ。その才能が業界で認められてないのは、アンタ等のプッシュが足りないからだ。


それをどいつもこいつも、15年経った今になって、見た目だきゃオッサンになって中身ゃ何も変わらないクズどもがワラワラとよぉ‥‥‥


おぞましいんだよ、お前等‥!!」





舞台上、亜矢子を制止に掛かったのはスタッフではなく意外にも棚橋弘子であった。

彼女の鈍いタックルを避けた亜矢子は、反射的にその顔の真ん中にハンドマイクの集音部を叩き付けた。何かが砕けるメキメキという甲高くも重たい音と弘子の動物的な低い呻きがマイクを通じて場内に響きわたる。





亜矢子は反射的に、もんどり打って不自然な体制で倒れ込む弘子とざわつく客席に背を向け、脱兎の如く走り出した。


舞台袖を走り抜け、途中すれ違ったスタッフの一人を突き飛ばし、ケーブルに足を引っかけて転倒しつつ楽屋迄辿り着いた。そして自分の安っぽいハンドバッグを光の早さで拾い上げ、運動不足で鈍りきった中年の体に鞭を打ちながら会場の裏口から走り出た。晴れの舞台(になる筈だったイベント)にはどうかと思う様な薄汚れたジーンズとスニーカーが、今となってはお誂え向きだ。





ふと、亜矢子は思い立った。
アタシはここからどこ迄走り続けて、逃げ回ればイイのだろう。



喉の奥から血の味が滲んできても、答えは出ない。


ただ願わくば、このままどこぞのトラックが走り出てきて、苦痛無く死ねやしないか‥‥‥‥そんな虫のいい事を考えるのみであった。


07/09 01:04

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