「売れ損ない」第8話

「‥‥‥クソが。」




亜矢子は妄想の中で、事務所のデスクの佐田を100回かしずかせ、1000殴りつけ、10000回罵倒した後、操り人形の糸が切れた様に布団に倒れ込み呟いた。


亜矢子が画策したリスキー☆ネイル15周年記念イベントの構想は完全に頓挫した。それどころかバイト先のコンビニから「今度新しい子が入るんで、シフト削らせて貰っていいかな?」なぞと言われた。付けっぱなしのテレビからは亜矢子のオファーをすげなくソデにした、にっくき橋口早紀のすましたナレーションが聞こえてくる。


このところやる事なす事の全てがうまく行かない亜矢子の妄執は、非常に危険なレベルに突入しようとしていた。最近は、様々な顔見知りに散々自分を礼賛させる妄想にふける事が日課になっている。ターゲットは業界人や売れっ子声優だ。


中でも普段自分を冷遇している事務所スタッフへの憎しみのぶつけ方は尋常ではなく、妄想だけで興奮し過ぎてしまい、知恵熱にも似た疲労で倒れ込んでしまう事も少なくない。かと言って、その労力を他の処で‥‥‥例えば役者として売れる為の努力であったりといった事に使おうという殊勝な心掛けは毛頭ないのであった。


次の標的は、同期デビューにして今は業界の最前線にいるかつての妹分・沢口折江だ。


あいつときたら別段可愛くも声に特徴がある訳でもないクセに、ただ愛想が良くて芝居や歌がそこそこ上手くて清潔感があるというより当たり障りの無い服装を心掛ける事が出来て気配りが利いて誰からも好かれているというだけで、業界の真ん中から少しズレた位の楽な立ち位置で飯を食えている。憎らしい疎ましいうらやましい。


その上来月、大手音響製作会社のディレクターと結婚するのだと言う。この先仕事が途絶えても食いっぱぐれる事は無いだろう。デビュー以来ずっと仕事にも人にも運にも恵まれ、そして今最後のステップを駆け上がり、正真正銘の勝ち組となったのだ。何から何まで亜矢子とは正反対である。アタシとアイツの何が違うのだ。妬ましい情けない消えたい死んでしまいたーーーーーー





突如、布団の上に無造作に置いてある携帯がけたたましく鳴った。


わざわざ電話で直接会話をする様な親しい友人など殆どおらず、事務所からの仕事もとんとご無沙汰である亜矢子の携帯が鳴る事は本当に久しぶりであった。誰だろう。今日はバイトは休みである筈だが。



ディスプレイに表示されている名前は何と沢口折江であった。


確かに以前、折江に言われてなし崩し的に連絡先を交換しはした。が、その後特に親密になるきっかけもなかったし、そもそも業界の売れっ子様が自分の様なドブネズミに何の用だろう。大方間違い電話だろうと思いながら、先程迄彼女を心の中で誹謗していた後ろめたさを吐き出す様に深呼吸を一つし、通話ボタンを押した。


「はい‥‥‥」


「あ、蒼山さん。お疲れ様ですー、沢口です。こないだの話、どうなったかなって。」

「え、ああ、お疲れ様です。この間の話ってどういう事でしょう?」


業界歴は亜矢子の方が長いのだから堂々としておれば良いのだが、何せ相手は大手事務所の売れっ子様である。粗相があってはいけないと、つい卑屈で不慣れな敬語になってしまう。歴15年、数々の後輩に追い抜かれてきた末に身に付いた、悲しい習性であった。


「いえいえ、リスキー☆ネイルのイベントの件ですよう。だいぶ前にご一緒したアニメの現場で言ってたー。」


すっかり開催が暗礁に乗り上げてしまったリスネイベントの構想のきっかけとなった出来事を、折江は律儀にも覚えていたのだ。


「あ、ああ、あれかぁ。言ってはみたけど、色々難しいんじゃないかなぁ。」


自ら動いてはみたものの、あらゆる場所で門前払いを食らった事実には触れず、亜矢子は非常にボンヤリとした、どうとでも取れる答えを返した。


「そうなんですかぁ。いや、実はですねぇ‥‥‥」







4日後。

急転直下、リスキー☆ネイル放映15周年記念イベント「リスネリターンズ!!」の開催が決定した。


主催はリスネリターンズ!!製作委員会。その実態は沢口折江が所属する佐藤事務所であった。司会はナナ役・沢口折江。エミル役の蒼山芽衣、つまり亜矢子は看板ゲストという役回りであった。


電話を取った佐田曰く、今回のイベントは折江が佐藤事務所に口添えして実現した物で、ボルケーノには「沢口がどうしても蒼山さんは外せない、と申しておりまして‥。お忙しいとは存じますが、何卒ご出座頂けませんでしょうか‥」と、えらく慇懃な出演依頼が来たという。



「やれば出来んじゃないですか!って、今回のコレは蒼山さんの手柄じゃなくて沢口さんからのオファーか。現場行ったら沢口さんに手厚くお礼言っとくんですよ!」




佐田は最早、折江が亜矢子の後輩である事などキレイさっぱり忘れてしまったかの様に言い放ち、大学ノート一冊分はあろうかという資料を封筒に詰めてよこした。亜矢子はその様子をただボンヤリと、思考停止状態のまま見つめ続けていた。


亜矢子がどれだけ力を尽くしたとて解決の糸口さえ見いだせなかった問題も、大手事務所の売れっ子様の手に掛かればこんな物だ。


世の中、そんな物なのだ。


06/21 15:28

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