「売れ損ない」第六話

「‥‥‥と云う訳で、申し訳無いんですが‥‥‥あ、お祝いコメント位の事はさせて頂きますので。」



リスキー☆ネイル15年振りの揃い踏みは初手にしていきなり頓挫した。3人組の内の一人・なずな役の橋口早紀が所属事務所を通じて出演NGを通告してきたのだ。
現在はもうアニメからナレーションに活動基盤を移していますので、顔出しが伴うイベント出演などはお断りしておりまして‥というのがその理由であった。


打診から実に二日のスピード回答。事務所の指示が本人の判断かは分からないが、どちらにしろけったくそ悪い話である。
若手の頃から順調にキャリアを積み重ねヤングからアダルトへの脱却を果たした早紀にとって、亜矢子が今尚すがるリスキー☆ネイルという作品は最早、「振り返る価値もない過去」だったのだ。




どの様な現場でも常に仕事が貰えそうなエラい人の側につき、決して同世代の役者と慣れ合うの事なかった早紀は、非常に行動原理が分かりやすいタレントであった。
どんな仕事もソツ無くこなし、狂い咲きという程には至らなかったにしろソツ無く売れ、今もこの仕事で飯を食えている彼女が「勝ち組」の括りである事は間違いない。とある同業者といつの間にか結婚しいつの間にか離婚していたが、それもさほど問題ではない。この世代の声優にはよくある話だ。




ならば最後の一人・めぐみ役の棚橋弘子のブッキングはどうなのかというと、これが早紀以上に難儀であった。


この弘子、今時(と言っても15年前だが)「この作品を通じてファンのみんなに勇気とか希望とかを感じて貰えれば」みたいな空寒い事をしれっと本気で抜かすヤツで、ある意味早紀以上に面倒くさい人間なのである。


で、あちらこちらにいい顔ばかりをしていたら案の定気の違ったファンに付きまとわれ、余りに執拗なアプローチに気を病み、方々に迷惑を掛けまくった末に業界から姿を消した。特に告知もなく突如として事務所のホームページからプロフィールが消えていた辺り、円満な引退では無かったのだろう。


リスネのOVAシリーズの晩年期には、彼女が収録現場でマネージャーを怒鳴りつけたり、収録の合間を縫って大量の錠剤を飲む現場を何回か見かけた。
当時は「このまま精神を病んで潰れてくれればライバルが一人減るのにな」程度にしか考えていなかったが、イベントの手駒として使えるか使えないか、という今の局面に於いてはその事が非常に口惜しい。





亜矢子は一つ深呼吸をし、携帯電話の電話帳から弘子の番号を呼び出し、電話を掛けた。この番号を知ったのは3年前なので、番号が変わっていれば掛からない可能性がある。


発信音が鳴った。
1回。2回。3回。4回。5回。6回。7回。


くそ、煩わせるなよ。あたしを。
亜矢子は至極自分勝手に苛立ちながら、弘子が電話に出るのを待った。




「もしもし。」





‥‥‥弘子が電話に出た!!


「もしもし、ご無沙汰してます。蒼山芽衣ですぅ。」


「リスネ放映当時のよそ行きの声」を必死に思い出し、出来るだけ近い声色で第一声を発する。高音部で声が裏返った。ああくそ。


「‥‥‥あああ!!芽衣ちゃぁん!久し振りぃ!誰かと思ったあ!」


しばしの沈黙ののち、弘子がその3倍位のよそ行き声で返事をする。
亜矢子は眉間にしわを寄せた。この反応は即ち、教えた筈の自分の番号を携帯に登録していなかったという事だ。つくづく何なんだこいつは。




さて、問題はここからだ。
リスネ人気の急速な沸騰が彼女の引退の間接的な原因になっている可能性がある以上、ここで一気に本題に入る事は得策ではない。一つクッションを置いてから切り出すべきだろう。


かと言って、そんなに仲が良かった訳でもない相手に数年振りに電話をかけた上「最近どうしてる?」というのもおかしな話である。動機付けが必要だ。


「あ、あのね。ホラ、いきなり事務所からプロフィール消えてたからさ。ビックリしちゃって。」
弘子の引退はもう半年も前で、その時の事情もあらかた聞いているのだが、それでも白々しく訊いてみる。


「あーうん、色々あってさ。引退したんだ。」


色々、ねぇ。話したそうな様子だけれど、長くなりそうだし電話代が勿体無い。要件だけ話して、さっさと切ろう。


「あのさ、折角だし久し振りにお茶でもしない?お互い随分会ってもいないし、積もる話もあるしさぁ。」


「あ、そうだね。いいよ。」



今なお「素の時に迄営業用の声色で喋る」というアイドル声優独特の悪癖は健在であった。きらびやかな割に貧乏臭さが拭えないその声からは、彼女が進んでこの茶会に参加してくれているのか、一定の訝しみがあるのかは伺い知れない。
人間の顔で言えば、表情どころか目も鼻も口もないのっぺらぼうといった所だ。亜矢子は自分も同じ穴のムジナである事を棚に上げ、気味の悪さを感じた。


まぁ、そんな事気にしたってしょうがないし、興味もない。アンタはあたしがのし上がる為の手駒として働いてくれさえすればいいの。再会は明後日、次の土曜日になった。日程が近々の物になったのは、お互いヒマだったからだ。





亜矢子は電話を切り、リスネのめぐみ役・棚橋弘子‥‥‥現・主婦の武藤弘子を、どうやって自分の引き立て役に仕立て上げようかと頭をひねり始めた。が、やがて面倒くさくなってそのまま寝てしまった。


四十路‥‥‥「アラフォー」という無責任に前向きなこのフレーズで言い表される年代に突入した亜矢子の頭脳は、元々のサボり癖に加え老化が進み、順当にその機能を鈍らせつつあった。


05/12 03:43

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