「売れ損ない」第五話

「イベントをやろうと思うんです。」




ある日、鼻息荒く事務所に現れた亜矢子は、クリアファイルに入れた「聖科学少女隊リスキー☆ネイル15周年記念イベント」の企画書をデスクの佐田に差し出した。三日三晩、居眠りと間食の合間を縫って‥‥‥つまり自堕落な生活の中で、限りなくだらしないテンションのままに書き付けた物だ。


こういう昔を懐かしむイベントは、作品を作っていた制作会社やスタッフの有志による主催である事が多いのだがが、自身が発起人になるとなると色々煩雑だ。そこで今回は作品の名前だけを制作会社から拝借し、プロダクションでイベント運営をやれないかと考えたのだ。




企画書に「イベント概要」として記されている内容は以下の通りであった。


1:50人ほどが入れるホールを借りる。
2:主演声優3人と監督とで集まってフリートーク。
3:当時の映像を放映したりアフレコ再現ショーなどをやる。




今時、文化祭を運営する中学生とてもうちょいとまともな企画書を書くであろう。渾身の思い入れを込めた内容、と言えば聞こえがいいが、要はまっとうな大人ならば決して表沙汰にしないであろうレベルの妄想を、ただ並べ立てただけのものであった。


佐田は渡されたA4サイズの紙っぺらを指先でつまみ、虚空にかざして目を通す。明らかしく本意気ではない態度である。




「でも、こういうのをウチに出されてもなあ。」

「へ?」

「コレ、色々やりたい事を書き並べてありますけど、具体的にハコの検討とか付いてんですか?場所は?連絡先は?制作会社に話を通したりゲストのブッキングしたりする責任者名と、その連絡先は?えらく昔のアニメですけど、集客ってどれ位見込めます?リサーチしました?」

「イヤ、だからそういう事を事務所の方でやって貰えないかと‥」

「ウチの事務所にそんな余力無いっすよ。」



つまりは「そんなモンに事務所総出で掛かったって金になんねーよ」という事だ。転じてそれは、蒼山芽衣というタレントの求心力への否定でもあった。



「大体コレ、書式から何からメチャクチャじゃないスか。日付も文責もないし。第一企画書ってな普通、部外者の目に触れちゃいけない物なんすから、こんなクリアファイルに入れて持ち運んだり、渡したりなんて事自体あり得ないッスよ。」



イエスかノーかを聞きに、いやイエスの返事を既定路線として今後のプランを検討しに来たと云うのに、門前払いされたばかりかダメ出し迄頂戴するとは想定外も想定外。佐田のイチ社会人としては当たり前の指摘を、亜矢子はまるで妙な薬物を打たれた実験動物のような虚ろな顔で受け止めた。



「まぁ蒼山さんから当時の人等に個人的に声をかけた上でやって貰うしか無いっスね。」



つまりは「そんなモン足の小指を動かす程の労力さえ費やす価値ねーよ」という事だ。クソ使えねぇ。いちいち当時、とか昔の、って言葉を出しやがるのも腹が立つ。
が、裏を返せばイベントの催行についてはゴーサインが出たも同然である。どうせ仕事もないのだから、バイトの合間を縫って準備に取り掛かればいい。この際、手段を選んではおれない。


ゲスト候補である主演三人組の、自分以外の二人に関しては、一人は現役であるから所属事務所に出演の打診をすればいい。もう一人は既に一般人であるが個人的に連絡先を知っているし、事務所所属のタレントで無いのならむしろ動きは取りやすい。他にもスタッフなんかを呼べればいいが‥‥‥コレはまぁ流れの中でどうにかなるだろう。この詰めの部分の適当さが、亜矢子が今の身の上に甘んじている所以であるのだが。


亜矢子は既に企画書への興味を失っている佐田に「じゃあ日程が決まったらNG入れますね」と声を掛け、事務所を後にした。「そうスね」という返事が「どうせ仕事なんか入りゃしねーよ」という意味合いにも聞こえたが、構うものか。


このイベントを絶対成功させて、もう一度「蒼山芽衣ここにあり」を宣言してやる。そして仕事が舞い込んで来たらこんな事務所なんて見限って、大手に移籍してやるんだ。





亜矢子は己が掻き立てた恥ずかしい企画書から更に甘ったるい妄想を飛躍させ、ホクホク顔で家路に就いた。途中すれ違った警察官延べ三人に、怪訝な顔をされた事を気にも留めずに。


05/10 12:35

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