「売れ損ない」第四話

「初現場なの?いや、良かったんじゃない、なかなか初めてでアソコ迄出来るモンじゃないよー!!」





所変わってここは新宿の安居酒屋、収録後の打ち上げの場である。収録中大ポカをやらかした亜矢子は座敷の末席で俯きながら、ウーロン茶をちびちびやっていた。


プロデューサーの賞賛に与っているのは、本日晴れて業界デビューを果たした生徒A役の学生ちゃんであった。その片割れの生徒B‥‥‥つまり15年選手の亜矢子がボンクラをカマしたおかげで、現場の雰囲気は一時険悪な物になったのだが、この学生ちゃん、ガヤや合間の細かいアドリブで意外な奮闘を見せてプロデューサーの目に留まり、今こうしてその傍らで有難いお話を聞く行幸に与ったのである。



「そうか、佐藤事務所に行くのかぁ。早いとこガンガン前に出て行かないとね。女の子は若い内に売れておかないと、トシが行ったら行くだけキツくなるから。ある程度売れてからサクッと結婚するのが一番よ、ハハハ。」



全てのフレーズが、亜矢子の心に突き刺さる。とてもじゃないが営業出来る気分じゃない。今日はもう、このままやり過ごして帰ろう。




「内緒だけど、オリエももうすぐ結婚なんだよね。なぁオリエ。」

「そうですね。」

「中学生の頃から10年以上やってんだっけ、そういやデビュー作って‥‥‥」

「リスキー☆ネイルっていう魔法少女モノで‥‥‥あ、蒼山さーん!」




折江が唐突に亜矢子の方に向き直り、手を振った。一瞬の事だったので身がすくむ。


「蒼山さんが主役で、私はその妹の役だったんですー。ねー。」


『そういやそうだったなぁ』『そうだったのか、知らなかったなあ』と、その場に居た人間のリアクションは様々であった。そして亜矢子はその全員から『エラくまた差を付けられたモンだなぁ』と哀れまれている気がした。売れっ子声優に「昔お世話になったんですよ」と紹介されているのに、物凄くいたたまれない気分になる。





「そうなんですよー。アレから折江ちゃんもご活躍の様でー。」
卑屈になり過ぎない程度に折江を称える言葉を必死に探す。

「イヤもう、あの時は本当に何にも分からなくて。お姉ちゃん達に助けられっぱなしで。」

「そんな事ないよー。私だってアレがデビューでいっぱいいっぱいだったんだよー。」

「いやいやー。でもアレからもう15年ですよね。15周年記念イベントとかやらないんですかねぇ。」


折江が気を使ってくれているのがひしひしと伝わってくる。ココ迄来るとかえって空々しく聞こえやしないか、と心配になってくる程だ。





が、一連のリスネトークに対するプロデューサーのリアクションは余りにも無情なモノであった。話題の中心が亜矢子になったとたん煙草を火を付け、あからさまに「興味なし」の意思表示をしたのである。


こうも取り付くシマが無いのでは、如何に折江が気を使ってくれたとしてもどうしようもない。結局その後程なく、話題の中心は折江に戻り、亜矢子は座敷の隅っこへすごすごと帰っていった。


打ち上げ後、デスクの佐田に完了確認を入れる。「ああ、はいはい。お疲れ様でしたー」というどこまでも投げやりな返事が、亜矢子の落ち込みを一層加速させた。アタシのギャラの3割がオマエ等の飯の種になってんだぞ、分かってんのかよクソ。まぁそんな大した額でもないけどさ。





帰宅後、ブログ「蒼山芽衣の気まぐれダイアリー」を更新する。別に大したアクセス数があるでもなく、一般人のそれと何ら変わらぬ装いのブログである。


が、リスネ以来声優として表舞台に出られていない亜矢子にとっては、このブログこそが唯一の自己発信手段であり、世間と自分を繋ぐパイプラインであった。
仕事の予定も無いのにどうでもいい日常の事をダラダラ書き連ねる事は苦痛ではあったが、コレでブログまで畳んでしまったら、声優・蒼山芽衣は本当に「世間に居ないもの」になってしまう。そんな悲壮感にかられて、毎日毎日生存確認を発信するのである。




一つ前のエントリーに珍しくコメントが付いていた。何だろう。


「また芽衣ちゃんのお芝居を観たいです!頑張って下さい!」


リスネを観ていたオールドファンであろうか。うるさい、余計なお世話だ。大体38才の女に向かって「ちゃん」もねぇだろう。お前らの応援が足りなかったから、あたしは今こんなに苦労してんだよバカが。亜矢子は椅子にだらしなくもたれかかり、しばし虚空に視線を這わせた。




はぁー、売れたいなー。




事務所は頼りになんないし、今更イチから人脈を辿って舞台とかに立つなんてのもダル過ぎる。太いパイプを持つ業界人の友達も居ない。大体そんなモンが居たならば、今の自分の身の上なんてのももう少しどうにかなっている筈だ。


だって、15年前には一度どうにかなりかけたじゃないか。「どうにかなりかけた事」、すなわちリスネでの主演歴は亜矢子にとって最後の心の拠り所であった。
が、当時の23才の亜矢子と今の38才の亜矢子では、その商品価値に雲泥の差がある事は言う迄もない。そんな当たり前の事に考えが及ばぬ拙さが、この15年の間に役者としても人間としても成長せぬまま、若さを浪費し続けた結果であった。‥とあらば、尚の事売れる道理などないのだが。



「15周年記念イベントかぁ‥」



ふと亜矢子は、今日の現場で折江に言われた事を思い出した。その言葉はそれからしばらくの間、まるでけだるい快楽をもたらす麻薬の様に、亜矢子の脳内を支配し続けた。


05/10 12:30

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